財閥解体はなぜ行われたのか?わかりやすく解説!

更新日:2019/01/21

第二次世界大戦まで、日本経済を動かす推進力となっていた財閥。中でも有名なのが三菱、三井、住友、安田の四大財閥です。しかし、財閥は太平洋戦争後にGHQによって解体されてしまいました。なぜ財閥解体が行われたのでしょうか。その流れを見ていきましょう。

財閥解体はなぜ行われたのか?わかりやすく解説!

もくじ

・財閥の歴史

・財閥解体の流れ

・財閥解体のメリット

・財閥解体のその後

財閥の歴史

財閥の歴史

財閥とは同族によって出資・支配される企業グループのこと。持株会社を中核として、さまざまな分野に進出していました。中でも古い歴史を持つのは住友で、業祖が最初に銅吹所をはじめたのは1590年のこととされています。三井も江戸時代までには事業をはじめており、さらに安田、三菱と合わせて四大財閥と呼ばれるようになりました。今でも多くの企業にその名が残っており、なんとなく名門のイメージがあるかもしれません。

 

財閥が解体されたのは戦後のことです。財閥の力が国家権力にも及び、軍国主義に加勢したと考えられたため、GHQの占領政策のひとつとして執行されました。

財閥解体の流れ

財閥解体の流れ

財閥解体の方針は1945年9月22日にアメリカ政府が発表した「降伏後における米国の初期の対日方針」の中に書かれています。「日本の商業及び生産上の大部分を支配し来りたる産業上及び金融上の大コンビネーションの解体を促進」という記述があり、財閥を解体することが日本の軍国主義の撲滅につながると考えました。

 

財閥解体に向けて、日本政府と4財閥とGHQは協議を行い、財閥解体のための行動を定めていきました。持株会社所有の有価証券を日本政府の機関に移管し、財閥の構成員を産業界から追放するのが主な内容です。持株会社は傘下企業への指令権や管理権を行使することを禁じられ、コンツェルンとしての財閥を消滅させるのが具体的な考えでした。この骨子をもとに1945年11月23日には「会社ノ解散ノ制限等ノ件」が公布され、財閥解体がはじまります。

 

第一次指定

「会社ノ解散ノ制限等ノ件」では、資本金500万円以上の会社と大蔵大臣の指定する会社が対象になることが定められています。1946年9月6日にまず指定されたのは三井・三菱・住友・安田の4大財閥と、富士産業株式会社(旧中島飛行機)の5社でした。

 

なぜここに富士産業が入るのか疑問に思われる方もいるかもしれません。前身の中島飛行機は軍用航空機メーカーで、終戦直前にはすべての施設や社員が日本政府に接収・徴用されていたためです。連合国側は財閥とは別枠で、富士産業の解散を求めていました。

 

三井財閥は軍部と対立関係にあったため、軍需産業とは関係ないと主張したのですが、結果的に解体させられてしまいました。1946年9月30日の株主総会の決議によって三井本社は正式に解散。当時、三井財閥の傘下には270社の会社がありましたが、すべて持株会社整理委員会によって処理されてしまいました。

 

1949年、GHQは旧財閥企業に対し、三井・三菱・住友の商号商標を使用禁止にする命令を発令しました。旧財閥はこれに反対し、GHQに対して陳情書を提出するなどの活動を行います。結果的に使用禁止令は廃止され、現在に至るまで名前が残り続けています。

 

第二次指定

1946年12月7日には、4大財閥以外の大手財閥や、各産業で独占・寡占的な地位を築いていた企業40社が指定され、日本発送電株式会社は電力9社に分割されました。ほかにも造船、電気機器、化学、製鉄、製紙、鉱山、海運、繊維などの分野の企業が解体することになります。

 

第三次指定

1946年12月28日に指定されたのは、財閥傘下で各産業の独占・寡占的地位にあった20社です。三井系の三井鉱山・三井物産・三井化学工業や、三菱系の三菱重工業・三菱鉱業・三菱電機、住友系の扶桑金属工業・日本電気・日新化学工業などが挙げられます。

 

第四次指定

1947年3月15日に指定されたのは国際電気通信株式会社と日本電信電話工事株式会社の2社。これまでの企業とは違い、電気通信施設の国有化のための指定でした。2社は国有化のあと、現在はKDDIとNTTになっています。

 

第五次指定

1947年9月26日に指定されたのは、地方財閥や小規模な財閥16社でした。

財閥解体のメリット

財閥が解体された結果、これまで参入が難しかった分野にも新興企業が進出できるようになり、経済の発展につながりました。これは財閥解体の大きなメリットといえるでしょう。

財閥解体のその後

財閥解体のその後

財閥解体と関連する法律が1947年の独占禁止法と過度経済力集中排除法です。独占禁止法では持株会社が禁止され、コンツェルン型の財閥は作れなくなりました。過度経済力集中排除法では巨大独占企業を分割することになり、12社が対象に。現在の電力9社である日本発送電もそのひとつです。

 

この流れの中で財閥は一旦なくなったものの、占領解放後は財閥系企業が再び結集しはじめます。現在も三菱グループ、三井グループ、住友グループと呼ばれる企業グループが存在し、三井住友銀行のように複数のグループに属する企業もあります。各グループは企業同士が株式を持ち合う、以前の財閥とは違ったつながりを形成しているのです。

この記事をチェックした人にはコチラ!

LINE友だち追加

関連記事