廃墟となった建物。作られた当時の役割と廃墟と化した背景や理由

更新日:2020/08/14

廃墟とは、使われなくなった建物などがそのまま放置され、荒れ果てた状態で存在しているものです。廃墟に対しては、ホラーのような怖さを感じる人がいるかもしれません。その一方で、廃墟が醸し出す独特の雰囲気にノスタルジーやロマンを感じるという人もいるようです。現在では多くの画像や動画を見ることができ、また実際に訪れる人も多く、廃墟ブームと呼ばれることもあるほどです。ここではいくつかの有名な廃墟をピックアップして、実際に使われていた当時の様子や、廃墟になるまでの過程などを紹介していきます。

廃墟となった建物。作られた当時の役割と廃墟と化した背景や理由

廃墟1:松尾鉱山

廃墟1:松尾鉱山

最初にご紹介する廃墟は、松尾鉱山(まつおこうざん)です。松尾鉱山は岩手県にあり、1969年まで硫黄を産出していました。現在、廃墟として残っているのは鉱山労働者が利用していたアパート群です。

 

松尾鉱山の周辺では、硫黄が採れることは古くから知られていたようで、1766年の文書に記録が残されています。本格的な採掘がはじまったのは、1911年(明治44年)のこと。鉱山があるのは、標高約900mの場所です。周辺には道路や鉄道が整備されていました。硫黄の産出量は一時期日本の30%を占めるまでになり、東洋一の硫黄鉱山と呼ばれるほどになります。しかし日本が高度成長期に入ると、次第に採算が悪化しました。輸入の増加や、需要の減少が進んだためです。1972年に会社が倒産し、閉山することとなりました。

 

廃墟として残されたアパート群に注目してみましょう。標高約900mに存在する鉱山には、最初は人がいませんでした。しかし開発が進むにつれ労働者が集まり「鉱山町」を形成することになるのです。鉱山の最盛期となる1960年には、1万3,594人もの人口を擁するまでになります。戦後は、家族が住める鉄筋コンクリート製のアパートや学校・病院などが整備され「雲上の楽園」と呼ばれるほどだったそうです。閉山後、木造の建物は消え、鉄筋コンクリートでできた建物だけが残りました。

 

山の中に残された無人のアパート群は、廃墟として印象深い風景を作り出しています。

廃墟2:横浜競馬場遺構

廃墟2:横浜競馬場遺構

2つ目の廃墟は、横浜競馬場遺構。神奈川県横浜市にあります。もともと競馬場として使われていましたが、現在残っているのは「一等馬見所」と呼ばれる観客スタンドだけです。この遺構は2009年に、経済産業省から近代化産業遺産の認定を受けました。しかし、本格的な修復はされないままです。進入を防ぐフェンスに囲まれ、廃墟と呼ばれる状態になっています。

 

最初は、根岸競馬場(ねぎしけいばじょう)と呼ばれていました。建設されたのは、1866年。幕末と呼ばれる時代です。横浜の外国人居留地で、娯楽施設として利用されていました。馬券が発売されるようになったのは、1888年からです。1905年からは、エンペラーズカップが開催されています。現在の天皇賞です。しかし横浜競馬の開催は、1942年を限りに休止されることとなります。第二次世界大戦の影響によるものです。

 

戦後の横浜競馬場も、戦争からの影響を受けることになります。戦後の日本には、連合軍が進駐しました。横浜競馬場は、1945年に連合軍によって接収されます。日本政府への返還がおこなわれたのは、1964年から1969年にかけてのこと。その後、横浜競馬場は1973年に日本政府から日本中央競馬会へ払い下げられることとなります。しかし横浜競馬場で再び中央競馬が開催されることはありませんでした。1977年にはその場所に、根岸森林公園・根岸競馬記念公苑・馬の博物館といった施設がもうけられています。

 

廃墟として残っている観客スタンドは、1929年に作られたものです。同時期に作られた二等馬見所(観客スタンド)と下見所(パドック)は、1988年にすでに解体されています。

廃墟3:犬島精錬所

廃墟3:犬島精錬所

最後にご紹介するのは、犬島精錬所(いぬじませいれんしょ)。かつて銅の精錬所だった廃墟です。犬島は瀬戸内海に浮かぶ島で、岡山県宝伝沖の2.5kmに位置します。高い煙突が立ったまま残っていて、周囲には黒く大きなレンガが積まれた精錬所の跡があります。

 

犬島に銅の精錬所が建設されたのは、1909年(明治42年)。1916年(大正5年)のピークへ向け、銅の価格が高騰した時代でした。精錬所の規模も拡大し、島の人口は最大で5,000人を超えたと言われています。しかし第一次世界大戦の終息に合わせて、銅の価格も下落しました。ピーク時の半値まで下落した1919年(大正8年)に操業を停止することとなります。その後再建を目指す動きもありましたが、1925年(大正14年)に犬島精錬所は廃止となりました。

 

廃墟となった犬島精錬所は、テレビドラマや映画のロケ地として利用されています。

廃墟が生まれる背景や理由のまとめ

廃墟が生まれる背景や理由のまとめ

松尾鉱山と犬島精錬所は、産業施設が廃墟になったケースです。生産する硫黄や銅の需要が増え、価格が高くなると、施設が拡大していきます。ですが、そうした状況はいつまでも続くわけではありません。価格が下がると採算が合わなくなり、操業を停止することになります。働く人がいなくなった施設は、放置されつづけるとやがて廃墟となるのです。経済だけでなく、戦争が廃墟を生む例もありました。幕末からつづいた横浜競馬場は、第二次世界大戦により競馬の開催ができなくなり、そのまま廃墟となっています。

 

また廃墟の中には、公共事業によって作られたものもあります。建設の途中で公共事業が中止となり、使われないまま放置されるケースです。このような廃墟の事例を知ると、税金の無駄と感じる人も多いでしょう。「節税」への意識が高まると思います。

 

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  • 著者:黒川ヤスヒトさん

    証券会社でリテール営業を経験し、AFP資格を取得。
    現在ライターとして、パーソナルファイナンスに関する情報の発信を手がけています。
    関心分野は、ライフプランに関する意識調査や最新の金融商品・サービスなど。


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